『ごめんなさい……ごめんなさい……』

胸を締め付けられるような呟きだけが広がっていく。

『僕を許して……ごめんなさい…
 怖くて逃げてしまったけれど、君を汚いと思ったわけじゃない』

『汚れていたのは僕の方で、それなのに君を酷く傷つけてしまった…ごめんなさい…』

思わず伸ばした腕の先で――――

ゆらっと。
少年の姿が揺れ、歪み、青年の姿に変わる。
成長した少年、今のハーレイの姿だった。

もう止めてくれと、声を発しかけた瞬間、鋭い快感が脳髄を焼いた。














真影06











「う…はあああっっ……!」
「……う………はぁ……素晴らしい……ブルー………」

ハーレイが全裸のブルーの足を広げて抱え、腰を振る。
陶然とした表情を浮かべ、己の下で眉根を寄せて切なげに喘ぐ白い顔を見つめた。

「…ああ…あ……う!……んは…!…は…あ……」
「ん……想像…ん…以上ですよ……」

ブルーはもたらされる快感の深さに、圧倒されていた。
快楽を増大させているものは、震え強張らせることと喘ぐことのみ許された不自由さか。
それとも、こんな欲望は無いものとして過ごしてきた年数なのか。

かつて強制的に感じさせられたものも、これほど深いものだったろうか…

朦朧としかかるの意識の中で思い出そうと試みるが、成功しない。
かえって、記憶の底から途切れ途切れに浮上してくる忌まわしくも淫靡な感触や光景に
煽られてしまう。
身体の熱が徐々に上がり、一度達して以来触れられていないブルー自身が
再び白濁を吐き出すまで時間は掛からなかった。

「っは…あは…あああああああああっ!」
「―――――くっ」

ブルーの締め付けにハーレイの動きが止まる。
堪えるように顔を歪ませ、息を吐いた。

余韻に震えるブルーに、抜かぬまま身体を重ねる。
顔を寄せ、いとおしげに口づけるが、微かに流れ込んでくる思念は深い苦悩を纏っていて―――――
反射的に、ブルーはハーレイの意識に飛び込んだ。





まだ、ハーレイは佇んでいた。
先の少年と同じように俯いている。

『こうしてまた、あなたを傷つける。
 あの時、どれほどあなたが悔しく感じていたかを、目の当たりにしていたというのに』

胸元に広げた両の手のひらを、じっと見つめた。

『この手が、再びあなたを苦しめる。
 こんな方法しか取れない私を……………憎んで下さって、構いません』

構わないと云いながらも、その声は震えていた。

『心を掬い上げることが出来ないのなら、せめて身体の休息だけでも………』

『あの闇に出来るだけ長い間対抗することの出来る身体を、体力を……』


闇………?
何故ハーレイが知って――――――!


ブルーは、再び己の身体に呼び戻された。
いつの間にか四つんばいの姿勢を取らされたところを、後ろから貫かれたのだ。
激しさを増すハーレイに意識を持っていかれそうになる。

「あああっ!はあっ…うああ……」

大きな声が出た。
ハーレイの思念による呪縛が緩んできたのだろう。
押し寄せる快楽に合わせて背中を反らせ、頭を振る。

「ああ……はあう……ああっ!…うあぁ………」
「そんなに…良いんですね、素敵な啼き声だ」

でも、これではあなたの顔が見えない。
そう言うと、ブルーを抱え上げ、くるりと身体を回転させた。

「んっ!はっ…あ!」

ハーレイの腕の中で、ブルーは喘ぐ。
彼の腕も胸も、とても温かい。
だらりとした四肢はいまだ自由にならず、この性交も強制されているというのに、
ブルーは心地好さを感じていた。

このまま、ハーレイの作り出す快楽に飲み込まれたい。
胸の突起に舌を這わされ、一際高い声を上げながら、ちらとそう思った。

しかし。
ハーレイが何故己の囲う闇を知っていたのか……
それを確かめようとブルーは必死で正気にしがみついた。

喘ぎつつも、元来、遮蔽する能力があまり強くないハーレイの意識の深い場所にゆっくりと侵入する。
あの、懺悔を続けるハーレイの許へ。





『あの闇から、あなたを助け出すことが出来ない』

立ち竦むハーレイの見ている光景は、間違いなくブルーの闇のものだった。
暗示をかけられた少年を握り潰した後に見た、光景。
そうか、やはり僕は呼んでいたのか………

光の全く無い真の黒。
氷のように冷たく粘着質で、しつこくブルーの身体に絡みつく。
全てを取り込もうと、飲み込んでしまおうと白い身体を覆う。

ハーレイが必死で伸ばした腕も虚しく空を切る。
絶叫する声も聞こえないのか、ブルーはもがく事も腕を伸ばす事も無くゆっくりと沈んでいく。

『あの闇から掬い上げる事は、誰にも出来ない。何故なら―――――』



あれはあなたの心の内に在るものだから
どんなに光を当てようとしても届かない
あなたが作り上げたところ

そうして
あなたは既に決めてしまっているから
いずれは
あの闇に囚われることを



『本当に申し訳ありません………この手は綺麗なままで生きていけると』

見つめていた手をグッと握り締める。

『辛く汚れた部分を背負ったのは、全てあなただった』

震える程強く握る。

『なのに、あなたは声も上げずひたすらに進んで。その行動の結果までも全て受け止めた、お1人で。
 人の命を奪い、選び、時には切り捨ててきた―――それは我らの罪でもあるのに』

拳に血が滲んだ。

『また、お1人で背負っていかれるおつもりなのですね』

ハーレイが一歩踏み出した。
目の前には、ブルーが沈みつつある深い闇が広がっている。

歩みを止めないハーレイ。
片足が闇に沈んだ。

『掬い上げることが出来ないのなら、せめて―――――』





「共に、落ちようというのか」

腕の中で気持ち良さげに眉を寄せ、目を閉じてされるがままだったブルーが
不意に発した言葉に、ハーレイは驚いた。

「どうされたのですか…?」
「………………」

真剣な紫の眼差しに込められた意味をどう取ったのか。
ハーレイは、微笑んだ。

「こうして抱くことは一時の戯れではありません。そうですよ、あなたと共に堕ちるつもりです」

底知れぬ快楽の地獄にね。
耳たぶに唇を触れさせながら、囁いた。

そして、微笑んだまま口づける。
大きな手で後頭部を押さえつけ、それは深いものに変わっていった。





ブルーは、いま自分がどうして心地好さを感じているのかを理解した。

ハーレイは四肢を自由を奪ったものの、その後は一切乱暴なことをしなかった。
どこに触れるのもそうっと、優しく、こわれものを扱うようで……
投げかける言葉も、かつての肺腑を抉るような残酷なものは無くて……
寧ろ、ブルーの欲望を煽るものばかりだった。

しかも"褒美"などいう言葉をわざわざ用いて、全ては自分の欲望の所為だと――――!





「おまえは莫迦だ、ハーレイ………」






だらりと垂れ下がる腕は、いまだハーレイの呪縛から解放されていないけれど。
ブルーは懸命にそれを持ち上げる。
震える両腕に力を込め、褐色の広い背中に回して―――――ハーレイを抱き締めた。

「なら、もっと――もっと…だ」

首筋に顔を埋め、呟いた。
驚いているだろう顔を見られないのは残念だが、自分の顔も見せたくなかった。
長の泣き顔など、そうそう晒すものではないから。

「私を、抱け―――――」

掠れた声が室内に響く。
続いた絹ずれの音がそれを、掻き消したのだった。