daybreak05




  アンシェル
  彼の最後を看取った形になるのかしらね

  わたし
  ハジを助けたから

  そんな眼で見ないで頂戴
  わたしの微妙な立場上致し方ないでしょ




  この石はアンシェルの破片と共に在った

  胸よ

  この石が在った場所
  丁度この辺

  あの
  二人の闘い
  最後にアンシェルは完全変態を遂げていたから
  身に付けていたものではないわ

  だとすれば
  この部分に埋め込んでいたとしか思えない
  結晶化してなお共に在り続ける事が可能だったのは
  その方法を採っていたとしか考えられないのよね

  この赤が誰のものであるか
  全く判らないとまでは言わないまでも
  候補は何人か上がったの
  もちろんその中にあなたも含まれていた訳だけど
  たった一人が誰なのか・・・・・確信は持てなかった

  あなたの最後の記憶がアンシェルの腕の中だったと聴いて
  この石があなたじゃないかって思ったの

  理由?
  そうだったら美しいじゃない?
  っていう私の願望だと言ったら怒る?





  それから
  あなたの眠っていた"ポッド"


  アンシェルの館の最深部にあったわ

  ちょっと野暮用でね
  久しぶりに戻ったら
  館は荒れ放題で酷いものだったわ
  あのお庭は結構気に入っていたから残念

  本当に秘密の部屋よ
  幾つもの偶然が重ならなきゃわたしも気がつかなかった
  アンシェル以外で知っているヒトいたのかしらね

  その窓も無い小さな部屋の中で
  あなたは眠っていた

  意匠を凝らした球形の美しいガラスの中で
  まるで胎児のように身体を丸めて
  ゆらゆら揺れていたの


  左半身にひび割れた痕を残して


  結晶化したシュヴァリエを修復する方法―――――

  アンシェルがどんな魔法を使ったのか
  今でも良く解からないところがあるのだけれど
  大体くっつくと思わないじゃない?

  その魔法
  わたし達のボスが知っててね
  昔耳にしたことがあるって

  その
  唯一の方法は
    結晶化したシュヴァリエの身体を
    全ての欠片とともに
    女王の血に浸すこと
  だそうよ
  言われてみればあまり意外性もないし簡単な事よね

  でも眠るあなたを見て気がついたの
  それって大変な事じゃない?って

  あなたがいた一抱え以上もあるガラス球を満たす血液って?

  いくらあなたが入っていたと言っても尋常な量じゃない
  それだけの血を一度に失ったら女王といえども無事じゃ済まない程の

  ソロモン
  貴方のことをあれだけ痛めつけたディーヴァが
  貴方の為に差し出すことはありえないし
  例えアンシェルがどんなに宥め懇願したとしても無理ね

  ええそう
  コープスコーズ生成の為にあの娘の血液がストックされていたのは知ってるわ

  そして
  それが大した量じゃないってこともね
  
  それにね
  ガラス球

  大きかったのよ
  あなたの身体の大きさからみるとね

  そんなに血が必要ならなるべくぴったりの
  無駄が無い大きさに造るでしょう

  明らかに大きかった

  それは貴方専用のものじゃなかったって事だと思わない?


  だとすれば『アンシェルが自分のために造らせたもの』
  そう考えるのが妥当でしょう?


  これならディーヴァの血でガラス球が満たされていたとしても
  あまり不思議はないわよね


  これがわたしの推理







長い独白を終えたネイサンはソロモンから離れ、傍らに跪いた。
相変わらずソロモンは動かない。
まるで結晶化でもしてしまったかのように。

ようやく姿を現した太陽の光が、3つの赤い石を照らした。
乱反射した光が二人の顔を、身体を、赤く染める。


すると―――――小さな硬質の音が響いた。

1つの石が砕け散ったのだ。



目を見張ったネイサンが呟く。
「そう、あなた・・・・・」




砕け散り、砂のようになったクリムゾンが風に舞う。





(・・・・・自分の血を使ったのね、アンシェル・・・・・)





ネイサンはソロモンの柔らかな金糸をくしゃりとすると、ドアに向かって歩き出した。

(ディーヴァ)
(あの子があれだけ大量の血をアンシェルの為にであっても
 自分の子以外に与えるものか疑問だったのだけれど)
(やっぱりね)
(そうして自分はあの醜いコープスコーズの・・・・・)

錆びたドアで振り返る。
口元には微笑みを浮かべて。

「美しい結末、よね」

そう小さく呟き、ネイサンは扉を閉めた。











朝日を受け、椅子の足から長い影が伸びている。
その影は微かに震えていた。

ソロモンは砕けた石が風に舞い、ビルの谷間に消えていくのを眺めていた。
そうすることしか出来なかったから。



アンシェルの欠片が砕けたのを見た瞬間から、身体が動かない。

全てを、理解してしまったから。
知りたくなかった、こんな真実ならば。











――――――アンシェル・・・・・!兄さん!











声にならない声が零れたとき、ソロモンはその金縛りにも似た呪縛から解き放たれた。
ゆるゆると身体を動かし、胸元で残された二つの赤を握り締めた。

きつく、強く。








小夜

僕は望んで
自らの意思であなたのシュヴァリエになりました

分かっています
ええ、分かっているんです

あの二人

あなたを
傷つけようと
殺めようと
何度も戦った

でも

今日だけです

今だけ
一度きり

そう約束します

だから

彼らのために
あの人のために

涙を流すことを許して下さい






顔を上げた。
朝日を浴びて光る頬。
幾筋もの涙がソロモンの頬を伝う。
拭われる事も無く、止め処なく流れる。





「許して、下さい・・・・・」


それが誰に向けたものであるのか。
呟いたソロモンにも分からない。

「許して・・・どうか許して・・・下さい・・・」






















街が動き始めた。
車の音、甲高いクラクション、このNYのいつもの朝が始まる。
その騒めきは、今だ椅子に身体を預けたままのソロモンの耳にも届いていた。

「ソロモ〜ン!」
反射的に振り返ったところに、血液バッグが納まる。
ネイサンが咥えているものと同じ、赤十字のマークが描かれている。

「色気の無い"夜明けの珈琲"だけど」
ウインクしてみせる。
「喉渇いちゃって。喋りすぎたわ」

躊躇う素振りを見せたソロモンだったが、栓を開けると一気に飲み干した。
ネイサンの表情が明るくなる。

「身の振り方は決まったみたいね」
「具体的にはまだですが」
「心は定まったのね?」
「いえ、心は、変わっていないのですよ」

立ち上がったその姿に昇って来た時の不安定な様子はない。
逆光の中だったが、ソロモンが微笑んでいるのが分かった。
誇らしげで、美しく、優しい、穏やかな笑み。



「僕は、小夜の幸せを守ります」



"小夜"を守るではなく、"小夜の幸せ"を守る。
その"幸せ"に含まれるものを想像して、ネイサンの微笑は深くなる。

小夜の幸せ―――――
ハジを、人間と共に生きることを選んだ小夜の、幸せ・・・・・
その全ては、ソロモンの幸せには結びつかないかもしれない。
寧ろ、彼の心に瑕を与えるかもしれない。
それを守ると、言うのか。

「本当に"鉄の意志"だわ、アンシェル」
その言葉は朝の喧騒に包まれたソロモンには届かなかった。




変わりに聞こえたのはネイサンの次の台詞。
「じゃあ、買い物に行きましょうか?」

小首をかしげたソロモンを指差す。
「そのカッコ、酷いもんよ」
「ですが、僕は病人ですし」
「もう復活したでしょ」
畳み掛ける様に言う。

「ソロモン、あなた顔が良すぎるから、服を選ぶのよ」
「身体は大分軽くなりました。あなたのお陰ですね、ネイサン」
「そうよ、感謝しなさい」

ソロモンはぷっと吹き出した。

「笑ってないで、支度支度!」
「はいはい」
「店まではサトーの安い服で行くしかないけれど、
 わたしがちゃんとコーディネートしてあげるから安心なさい!」

あれやこれやとブランド銘を挙げるネイサンを苦笑してみていたソロモンだったが
1つだけ、と口を開いた。

「あなたの選んでくれる服に関して心配はしていないのですが、色は――――」

言葉を切り、視線を落とした。
その先には握った手。



「色は白にしようと思っています」




「そうね。あなた、似合うから」
ソロモンを眩しそうに見る。

「とても良く似合うものね」




ビルの合間特有の強い風が二人の髪をなぶった。
先ほどクリムゾンを舞わせた風だ。

今度は様々な匂いを運んでいる。
目覚めた街の匂い、息吹き。
新しい一日が始まったのだ。

ソロモンにとっても・・・・・



さあ、行くわよ!そう言うネイサンに手を引かれ、ソロモンは扉の向こうに消えた。
もう、振り返らずに・・・・・











―――――――――――――――――― 長々お付き合いありがとうございました