雨が降る。
ひたすらに。

開け放った障子から入り込んでくる音は規則的で、心地良く人の耳に馴染む。
部屋に籠った夜の匂いを追い払うべく開いたものだったが、控えめに肌に張り付く
湿気に、耳の聞こえない晴も目を細めた。

何度か深呼吸して視線を室内に戻す。
敷きっぱなしの蒲団の色は、朱だ。
あの男が"居続け"で、もう今日で3日目。

満倉に用があると出て行ったのだから、すぐは戻るまい。
少しの時間でも畳んでおこう。
そう決めると早い。
晴は手早く蒲団を上げ出した。










七










その男を、満倉はじろりとねめ上げた。
だが、すぐに視線を手元の帳面に戻す。
そうして顔を上げないまま、低い声で言った。

「…うちの決まりは知ってるだろう?」

冷たい物言いに引く事無く、傍らでしゃがむ男は陽気に笑う。

「ちょっと使いを頼むだけだ。いいだろう?」
「決まりは決まりだ」
「大門の奥じゃあるまいし、店から一歩も出ちゃならねえ訳じゃねえだろう?」
「……………」

口を噤んだ満倉に、この店、正確には晴の部屋にもう3日も居続ける男、
多聞は畳み掛けた。

「3つ先の通りの甘味処まで。すぐそこだ」
「……………」
「お前も聞いたことあるだろう?あの絶品の水まんじゅうだぜ…!」
「―――何故それを晴が買いに行かなきゃならない?」
「それはまあ、あれだ、こう雨ばっかりじゃ気が滅入るし、あのひゃっこくて
 美味いもんでこのクサクサした気分をすかっとさせてぇっつうか……」
「……………」

満倉は掬い上げるような視線に「嘘だろう」という言葉を内包させて、ぶつける。
多聞はそれを受け止めると畳にすとんと腰を下ろし、そぼ降る雨に濡れた庭に
顔を向けた。
しとしと降る雨音に溶け込ませるかのように、さらりと笑って言う。



あいつにはそんな菓子を喰わせてやりたい相手がいるんだろう?
だったら、店の場所くらい知ってた方がいいってもんだ。
それにお前―――――



「晴をずっとここに居させるつもりなんて無いんだろう?」

柔らかい笑顔での問うともない言葉に、満倉はふーっと息を漏らすと腰を上げる。
背にしていた箪笥の開きから何かを取り出し、多聞に渡した。

「これで店の人数分買ってこさせておくれ」
「俺の分もあるのかい?」
「あるよ。ただあんたのは支払いに上乗せだ」
「がめついね〜」
「堅実だと言ってもらおうか」

堅実ねえ。
良く笑う男はまたしてもにやりと笑い、ひいふうみいと指を折る。
10本すべて握ってしまうと、肩を竦めた。

「結構な数じゃねぇか。んじゃ、俺も荷物持ちでついてくか―…」
「最初っからそのつもりだろうが…!」
「あれ?バレてる?」
「幾つからの付き合いだ、この色狂い」

色狂いか!確かに違げえねぇ…!
ぱんと手を鳴らし、立ち上がる。
満倉から渡された金子を軽く放り投げ、左の手の平に収めた。

「んじゃ、行ってくるわ」
「まんじゅうが冷たいうちに戻って欲しいもんだ」
「んああ…まぁ…早く済ませるわ…」

肩越しにひらひらと手を振りながら多聞は部屋を出ていった。








まんじゅう買いに行くぞ。

その一言だけで店から引っ張り出された晴は、上機嫌で歩く多聞の後ろについていた。
屋号入りの同じ番傘を差して進む2人に周りは目もくれない。

多聞の、とても堅気には見えない派手な着物の所為もあるのだろうし、この界隈では
珍しくもないどこぞの女郎屋の若主と小僧だとでも思っているのか。
もっともまだ昼8つなのだから、皆忙しいというのが本当のところなのだろう―――
晴はそう思った。

2人の足音に、雨粒が傘を叩く音が重なる。
灰色にけぶる通りで、広い背中がゆっくりと前を行く。
それを追いかけながら、晴は右に左に町を眺めた。

これまでこんな時間に通りを歩くことなど滅多になかった。
不自由な耳や口が利けない所為で使いを頼まれる事もなく、もっぱら家の中の雑用を
こなして一日が過ぎていく。
愚図だ等と罵られる事も多く、蒼の世話だけが安らぐ時間だった。
そんな前のことではないに、酷く月日が経った気がする。

こんな雨の降る日は決まって寝込んでいた。
軒から落ちる滴を眺めながら、枕元に座り汗をぬぐったものだ。

―――蒼は、また熱など出していないだろうか…。
こうして離れてしまっては思っても詮無き事なのだけれど。



不意に多聞の傘が止まる。
思い出に囚われていた晴が、ぶつかる寸でのところで足を止めると、
「ちょっと待ってろ」との言葉を残し、小走りに通りを渡り甘味処に入って行った。

店の者とにこやかに言葉を交わし、すぐに戻ってくる。
自分の番傘は閉じたまま、多聞は晴の持っていたものの柄を取り身体を
くっつけてきた。
むん…と男くさい匂いが晴を包む。

「少し数が足りねえ。あと半刻もしねぇうちに新しいのが出来上がるってぇ話
 だから、ちょっくらふらふらしてくるぞ」

肩を抱かれた為、身体を捩るように見上げる晴をまっすぐに見下ろしてそう言うと、
多聞はにやっと笑った。
「こっちだ」と強引に歩かされ、入り組んだ町屋の奥の更に細い道に
引き摺り込まれる。
広げた傘の両端が、通路の両端の軒にぶつかってしまうような狭い路地で、多聞は
足を止めた。

「この辺でいいか…」
「………?」

首を傾げた晴の額に冷たいものが降りかかる。
雨だ―――そう認識する前に、傘を地面に放った多聞に半ば投げられ、
背中を壁板にぶつけた。
何をするのだと上げた顎を取られ、柔らかいものに唇を塞がれる。

「―――――っ?!」

覆い被さられ、口付けを受けているのだと理解するまでに、数度瞬きをする時間が
かかった。
こんな人目のある場所で―――!?
晴は多聞の胸を必死に押し返すが、厚い筋肉に覆われた体躯はびくともしない。
それどころか、分厚い舌にするりと歯の間に入り込まれ、奥までなぞられてしまう。

「んっ!んんっ!!」

顔を背けようにも、がっちりと抑え込まれ身動きが取れない。
まだ自由の利く下半身で蹴り上げようと身体を動かした途端、多聞の膝が晴の
肢を割り、ごつい太股で股間を持ち上げた。

「むぅう…っ!」

暴れる度に、押し上げられる箇所から鈍い疼きが湧き起こる。
逃れたいと身を捩っているのに、それはまるで快楽を強請るような身体の動きに
思われて―――晴は抵抗を止めた。

静かになったことをどう見たのか、多聞は唇を解放した。
しかし下半身はそのまま。
太股に晴を乗せたまま、その頬を両手で挟む。

「―――――ここでお前を抱く」

目を見開いた晴は、すぐにくしゃりと顔を歪ませた。
ぽろりと涙が落ちる。



嫌だった。
ずっと嫌でたまらなかった。

自分と同じ男に、抱かれることが。
なのに、己の身体はまださほど回数を重ねていないというのに、その行為に
馴染み始めていて。

あの狭い朱の部屋で灯りは行燈1つという薄暗い中でさえ、己の痴態に
耐えられないのに。
こんな昼間に、誰が見ているか分からない場所で―――。

いや…嫌だ、嫌だ…イヤだイヤだイヤだ…!



「―――――っ!!!」

腕を振り回し、晴は滅茶苦茶に暴れ出した。
片足は地面から離れてしまっていたため、身体がぐらりと揺れる。

「おおっと…!」

振り回していたはずの腕はあっさりと捕らえられ、多聞の左手で両手首を1つに
纏められると、頭上の壁板に押し付けられてしまう。
再び顎を掴まれると、正面を向かされた。
多聞がすぅっと顔を寄せる。

「お前の涙はやばいんだ……解してもいねぇケツの穴に突っ込みたくなっちまう…」

唇にかかる熱い息に多聞の興奮を悟り、晴は怯えたように顔を振る。
それを見て、男は顔を歪め、掠れた声で呟いた。

「だから、それもやばいんだって…」

顎を掴んでいた多聞の手が、するりと懐から入り込む。
それはまっすぐに胸の小粒に触れ、摘み上げた。

「―――――っ…!」

やめて!
声を失っていなければ、叫んでいただろう。
晴は歪めた顔を振った。

また…また狂ってしまう…!

晴は怯えた。
自分が自分でなくなってしまう。

股間をまさぐられながら同時に胸を弄られると、身体の中でふたつの快感は
ひと繋ぎになってとてつもなく大きなうねりとなり、晴を呑み込んでしまうのだ。
恥じるべき己の痴態も、それを見て多聞の細められる目も何もかもが頭の中から
失われ、ひたすらに縋りつき自ら腰を振る。
だらしなく涎を流し、出なくなるまで精を溢れさせるのだ。
我を失って、快楽に溺れて。
しかも―――それを人目に晒すなんて……。

絶対イヤだ!
やめて!!

叫んだけれど、大きく開いた口からは荒い息だけが吐き出される。
多聞の唇が、目の前できゅ…と上がった。

「……やめねぇよ…」

ゆっくりそう動いた唇が視界から消える。
痛いほど強く握られていた感触が手首から消え、熱い息を吹きかけられた首筋で
刺すような痛みを感じた。
舐められ吸い上げられる感触に、晴は多聞の胸をぐいっと押す。
だが身体が自由になることは無く、かえって強く抱き込まれてしまう。

「っ、っ!んっ、っ!!」

ぬめぬめとうなじを舐め回され、時折軽く歯を立てられて。
硬くなった胸の突起の先端を指の腹で擦られ、或いは指先で押し込まれ、
尻を強く握られて。
そのいつもの愛撫に馴染んだ身体は次第に熱を帯び始め、触れられてもいない
ものが頭を擡げ、あまつさえ先走りを溢れさせているらしい。
何としても逃れようと暴れ身を捩る度に肌に触れる褌が濡れていた。

「んんんっ!っ…!」

会陰を押し上げていた太股が消え、ようやく両足がぬかるんだ土に届いた途端、
尻を揉んでいた指が、じりじりと着物をたくし上げ出す。
多聞は本気で"最後まで"するつもりらしい。

「…っ!…っ!!」

器用に右手だけで着物をたくし上げてしまうと、今度は褌の紐に手がかかる。
解かれる事だけは…と押さえた晴の手をぱんと叩くと、あっという間に
取り去ってしまう。
股間にひんやりとした風が通った。

「…解してやるよ」
「―――っ!!」

晴の眼前で中指と人差し指をべろりと舐め、素早く下ろすと窄まりに唾をまぶす。
力を入れたけれど、男のものを受け入れることに慣れた身体は指1本を拒むことなど
出来ない。
入口と浅い部分をなぞられ、ゾクゾクしたものが晴の背筋を駆け上がった。

すぐに2本に増やされた指は捩じられながら、或いは肛門を開くように出し入れされ
中を解していく。
最早押し返すことなど出来ず、晴の腕は多聞の着物を掴むだけになっていた。

「…っん…、ぅっ……―――――…っ!?」

するりと指が抜け、さっきとは別の足が地面から離れた。
ぐいと持ち上げられ晒された菊門に、多聞が己の股間を押しつける。
裾を割り自分の褌をずらすと、己の一物を取り出した。
すでに十分すぎるほど硬くなったものを晴の中にめり込ませる。

「か、は……っ!」

1寸半ほど入れただけで、多聞は身体の動きを止めた。
指も、唇も、全てを。

散々煽られた揚句、最も太い部分で秘孔をおし広げられたままの恰好。
その熱い肉棒が自分を割り開くその先の快楽を知っており、また先に"抱く"と
告げられている身体には、それは堪らない我慢を強いるものでしかない。
辛そうに短い息をつく晴に、多聞はにやりと笑った。

「……いい顔だ…俺好みの…」

頬に幾筋もの涙の跡を残し、なお潤んだ瞳は紅い布団の中で見慣れたもので。
そこに映るのも、滾る自分の顔だけ。
多聞は震える晴をぐっと抱きしめた。

「…俺が欲しけりゃ、どうすればいいか分かるだろ…」

耳元で囁かれ、晴はびくりと身体を動かした。
んふ…、ふ…と堪え切れない熱い息が、多聞の耳朶をくすぐる。
強請るように晴の腰が揺れるが、しかし、多聞は動かなかった。



―――――恥ずかしい。
死んでしまいたいほど。

けれど、もっと奥まで入れて欲しい…。
この男のもので、激しく擦って欲しい……。

晴はゆるゆると腕を上げると、多聞の身体に回す。
そうして、ぎゅっと抱きついた。

言葉を持たない自分には、そうするしかこの焦げるような疼きを伝える術は
ないのだから。
晴は腕に力を込めた。

「…可愛いぜ、晴…!」

片足を抱え上げられたまま、突き上げられる。
がくがくと激しく揺すぶられると、足元でぬかるんだ土がびちゃびちゃと
音を立てた。

「…ぅ…っ、…っ…!」

半開きの晴の唇から涎が零れる。
それをべろりと舐め上げれば、多聞の舌を晴の真っ赤なそれが追いかけてきた。

持ち上げている脚は多聞の腰に絡み付き、突き上げられているだけでなく
自ら腰を振る。
それは見慣れた、与えられる快楽に溺れきった晴の姿だった。

「っ!!ぅっ!!!」
「……はっ…は…っ、く…ぅ…」

己の肉棒に絡み付く熱い内壁にもっていかれそうになった多聞だったが、
背後から聞こえたコトリという物音で意識を逸らす。
少しだけ頭を巡らせ視線を向ければ、僅かに開いた戸の奥に人の気配があった。

―――――覗いてやがる。

それだけでなく、右手で自分の股間を握りしめているようだ。

しかも、視線は1つだけではなかった。
ちらっと見ただけで4人なのだから、こちらからは確認出来ない物陰からは
もっと沢山の目がこちらを見ているのだろう。

こりゃ、予想以上だな。
多聞は腰を突き上げながら、晴の耳朶を噛んだ。

「晴…俺の後ろ、見てみろよ…」

晴。
しがみ付きながらもゆるゆると瞼を上げた晴が背後を認め、びくっと身体を
跳ね上げた。

「…見られてるぜ、お前のやらしい姿」

紅潮したままではあるが、顔を振り胸を押し返す仕草の晴に、多聞が囁く。

「真っ赤に尖った胸も見せてやるか?いっそ突っ込まれて広がったケツも
 見せてやったらどうだ…?ん?」

激しく横に顔を振る晴を、強さと速さを増した腰使いで追い詰めんと多聞は、
もう片方の足も抱え上げた。

「―――っ!!!」

大きく割り開かれた尻と自分の体重とで、更に深い場所で多聞を咥え込む
恰好になった晴が背中を仰け反らせるが、構わず腰を振る。

「見せてやれよ…!お前が誰のイロか…な…っ!」
「……っ!!!」

喘ぎながら、それでも晴はまだいやいやと顔を振ってみせた。
力なく押し返す腕を取ると、多聞はそれを顔に乗せてやる。

「もう…止まらねぇよ。お前だって、そうだろ…?そんなに、見られるのが嫌なら、
 てめぇの、顔…隠せ…!」

震える手で腕で己の顔を覆う晴だったが、その両足は多聞の腰に絡まり、突き上げに
合わせて蠢く腰も止まらない。
そう、多聞の言うとおり、もうどうしようもないほど欲情してしまっているのだ。
こんな人の目に晒されていても、抑えることが出来ないほどに。

「こんなお前なら、3度でも4度でも抜かずに行けそうだぜ…!」
「…ぅ…ぅっ…、っ…!…っ!!」
「は、晴ぇ…っ!」

それからしばらく路地には、雨音に混じって押し殺した息と肌がぶつかり合う音が
響いた。
4度目の精を飛ばした晴は気を失い同時に中で吐精した多聞は、ぐったりした身体を
抱え名残惜しそうに揺すっていたが、萎えたものを引き抜く。
懐から取り出した手拭いを雨だれで濡らし、後始末をしてやると抱え上げた。
ぐるりと周りをねめ回せば、視線に追い立てられ、ぱたんぱたんと戸が閉まる。

「―――俺とこいつの面、よっく覚えとけよ…」

低い声だが、それは辺りに響いた。
無論返答など無いが、静まり返ったことがかえって覗いていた者たちの応えを
如実に示しているようなものだ。
もう1度顔を巡らせると、胸元に視線を落とす。
瞼を閉じたまま、ぴくりとも動かない晴を見て、少しだけ笑った。

「ちっと無理させたな」

ごめんな、晴。
ぼそっと呟くと、傘を2本器用に拾い上げて路地を出た。



傘と水まんじゅうと晴を抱えて戻った多聞を待ち受けていたのは、満倉の
「遅いっ!」の一言。

「まぁまぁ、水まんじゅうはまだひゃっけぇからよ…」
「当たり前だ…!少しでも温くなってたら、全額あんたの料金に上乗せるよ」
「…へぇへぇ…」
「それと、今夜は晴に手出しするんじゃないよ!」
「なんで?!」
「あんたのに付き合わせ立てたら、晴が持たないだろうが」
「今日はまだ1回しか―――――」
「分かったね…?」

腕を組み、仁王立ちの満倉に低い声で言い渡され、頷くしかない多聞であった。























---------------------------------------------------- 20090628 ―――腐草為蛍 ふそう ほたると なる 七十二候 腐った草が蒸れ蛍になる