―――朝日を見に






現れたブルーの姿を見て、ハーレイは思わず噴出しそうになった。
脳内にほんの一瞬浮かんだ言葉と映像を、慌てて消し去る。
だが、それは遅かったようで。
ブルーは笑いを堪えるハーレイを上目使いに睨んだ。
「お前が、駄目だというから!」
「―――すみません…」
毛皮の縁取りのある外套の下に何枚着込んでいるのだろう。
普段の3倍も丸くなったその姿は、厳冬の時期に羽を膨らませている"ふくら雀"のようだ。
その可愛らしさに、つい笑みが零れる。
「いつまで笑ってるんだ…!」
ハーレイ!
語気を強めて睨むその目許は、赤く染まっていた。
どうやら着膨れた己の姿が恥ずかしいらしい。
本当に可愛らしい。
ハーレイの唇はまた弧を描く。
「先に行くぞっ」
早足で歩き出した、今は丸い、小さい背中を追いかける。
シャングリラはまだ、眠りの中。




「明日の朝日は、綺麗ですよ」
腕の中でまどろむ銀の髪を撫でながら呟いたハーレイの言葉に、ブルーがとろんとした眼を向けた。
まだ赤みの多い瞳は、情事の後の気持ちよい気だるさに浸っている。
「…どうして…?」
「今日の雨で、この時期にしては湿度が高いですから」
赤が鮮やかに見えるんです。
耳に唇を寄せ囁くように言うハーレイに「ふうん」と答えるブルーは半分夢の中にいた。
「今夜は山の東側に宿営していますから、明日の朝、見に行きませんか?」
「…う…ん……、いい…よ…」
もう開いていることの出来ない瞼に口付けを落とし、含めるように囁く。

寒いですから、しっかり着込んで下さいね。
いつものようにサイオンで身体を包んで…なんていけませんよ。
明日は―――――

「…分…かっ……て………る……よ……ハー…レ………」
すうっと一つ息を吸い、眠りの国の住人になってしまった愛しい人にもう一度唇で触れ、ハーレイは毛布を引き上げる。
腕の中のものを大事に、そうっと抱え込んで、自分も後を追うために瞼を閉じた。




山の端が色を変えていた。
ハーレイが言ったように、朝日の赤が酷く鮮やかだ。
まだ青みを残す空とのコントラストが美しい。
白い息を吐きながら、ブルーは背後のハーレイを見上げた。
「綺麗だ。とても」
でしょう?
ハーレイがにっこり微笑む。
その満足そうな笑顔に、先ほどの噴出しかけた顔が重なる。
再び赤くなりそうな頬を隠すようにぷいっと前を向き、気恥ずかしさを誤魔化すかのように問うた。
「なんでサイオンを使っちゃいけないんだ…」
そうしたら、こんなに着込んでこなくても済んだのに。
この腕だってもっと…。
ブルーは厚い外套の上から身体に巻きつく、ハーレイの腕をもどかしげに掻き寄せた。
「理由はちゃんと申し上げたでしょうに」
からかう様な言い方にきっと振り向く。
「いつさ?」
「昨日の夜ですよ。朝日を見に行こうと誘った時です」
いぶかしげに眉を寄せた白い小さな顔に、口付ける。
腕にぎゅっと力を込めた。
「明日は私が包んで差し上げますから、と」
二人の身体を柔らかで温かい緑の光が包む。
それはハーレイのサイオンカラーで。
あまりの幸福感に、ブルーは己の頬が弛むのを感じた。
でも、手放しで喜ぶ姿を見せるのがやっぱり恥ずかしくて。
こつん、と後頭部をハーレイの額にぶつける。
「そんな事、聞いた憶えはない」
「言いましたよ」
「いや、聞いてない。ボケたんじゃないのか、ハーレイ」
「私より年上のあなたにそんなことを言われたくないですね」
「病にあまり年齢は関係ないんじゃないか?ドクターに診て貰うといい」
「…………………」
あまりの言われように絶句するハーレイだったが、普段より口数の多く早口なのは照れ隠しであると気がつき、口を閉じる。
するとブルーも言葉を継がず、二人は無言で刻々と変わっていく空を眺めていた。
しばらくて―――。
朝日が空を割り、二人のいる場所を照らした。
眩しくて眼を瞑ったハーレイに小さな声が届く。

―――ありがとう。

腕の中の細いうなじが赤いのはきっと朝日の所為。
そう云い聞かせハーレイは、有頂天になる己の心を戒める。
彼は、ソルジャーなのだから。

だけど。
今だけ。
この瞬間だけはいいですよね。

ハーレイは腕に力を込める。
離したくない。
そう思いながら。
すると、腕をぽん、ぽんと叩かれた。
軽く、そうっと、優しい手で。
その手から流れてくる想いに、ハーレイは涙ぐみそうになる。
幸せ過ぎて。


その緑の光りはしばらく消えることはなかった。
二人がこっそりシャングリラに帰った頃には太陽はすっかり昇り切り、いつもの朝が始まろうとしていた。














---------------------------------------------------- 20071230 穏やかに 静かに 温かく