―――2.15
ふわりと鼻に届いた香りに、ブルーは足を止めた。
「あれ…」
通路で軽い挨拶を交わして通り過ぎようとしていたブラウも立ち止まる。
そうして怪訝そうに振り返った。
「なんだい?」
「これ…チョコレートの香り…」
まだ匂うかい?
そう言って自分の身体を嗅ぐ真似をする。
「スロンからも同じ香りがしたよ」
スロンとは最近出来たブラウの恋人で、まだ20代の若者だった。
可愛い男の名を聞いて、片目を瞑り意味ありげに笑う。
「そりゃそうさ!一緒に愉しんだんだからさ。一晩中…ね…」
「…ああ…」
ちょっと遠い目をしたブルーが、お盛んなコトで…と呟いた。
「年寄り臭い台詞言ってんじゃないよ。それよりさ、どう愉しんだか分かるかい?」
「いや」
「知りたくない…?」
「…遠慮しておくよ」
ブラウの笑顔に良くないものを見て取ったブルーはこの場を去ろうとしたが、
後ろから覆い被さるように肩を抱かれてしまっていて逃げられない。
白い小さな顔にブラウの肉感的な唇が近づいた。
「まだペーストも残っているから、分けてあげるよ」
それは愉しくて気持ち良いよ……。
通路の隅で、ブラウは声を潜めたのだった。
「それで、貰ってきたんですか?」
呆れたように言う部屋の主に、ブルーは小さい声で「うん」と頷いた。
ハーレイは大げさにため息をつくと、テーブルに置かれた長さ30センチほどの焦げ茶色のチューブを見やる。
余ったといっても開封前の物をくれたのには感謝しないでもないが……。
もう一度派手に息を吐くと、ハーレイは自分のベッドに腰掛け、行儀悪く足をブラブラさせるブルーに訊きなおした。
「ブラウはどう使えと言ったんです?」
「…………情熱的に激しく…心の赴くまま…」
「心の赴くままに―――?」
次を促すように、ブルーを見る。
そんなハーレイを上目遣いでちらと見やったが、どうにも口にするのが憚られた。
その様子をブルーは"直接送った"。
『言ってる意味が分からないな、ブラウ』
『好きに使えってことさ』
『チョコレートを…かい?』
『そうさ!どんな風にしたっていい…口移しでも、直接かけて、指で広げて、舐めて、口に―――』
『ちょ…ちょっとブラウ!昨夜の様子は思い出さなくていいから!』
『参考になるだろ?』
『いやいやいや!君がどんなにスロンが可愛いかは、十二分に分かったよ!』
『あんたもやって貰うといい。それとも―――やってあげるのかな…?』
チェシャ猫のような笑いを浮かべたブラウの表情に、ハーレイは疲れが倍増した気がした。
明日のブリッジを想像するだけで、頭が痛くなってくる。
眉間に皺を寄せるハーレイに、ブルーが口を開いた。
「こういう話題の時のブラウは…結構迫力があるんだ」
「…ブルー…」
「ハーレイはよくキス一つで済んだよね―――」
こんなブラウに言い寄られて…。
ぽつりと零れた台詞に、ハーレイはがばっと顔を上げる。
「そんな昔のこと…!」
「ブラウの王子様だったものね、ハーレイは…」
「―――なっ!?止めてくださいっ!!」
白い綺麗な顔を、ついと横に向けた。
その頬が少し赤らんでいる。
拗ねたブルーにハーレイの表情も解けた。
先ほどの訪ねて来た時の姿も思い出されて。
チューブを握り締めて、怒ったように少し頬を紅潮させて―――あれは恥ずかしい時の、ブルーの顔だ。
ハーレイはテーブルの上から褐色の柔らかいものを取り、キャップを外した。
「折角ですから……心の赴くままに、愉しみましょうか…」
んあ…ぁは…。
ぴちゃ。
ハーレイの寝室に、小さな音と掠れた声が響く。
先ほどと同じようにベッドに座っているブルーは、全裸だった。
広げられた足の間に跪くハーレイもまた、服を着ていない。
ベッドサイドの小さな灯りだけの薄暗い部屋で、白い身体が撓り、震えた。
ハーレイはチョコレートを服を脱いだブルーの両足の間に零した。
冷たいっ!と逃げる肩に手を置き、「シーツが汚れてしまうでしょう…?」と動かないように言う。
そうして、まだ小さく柔らかいブルーをチョコレートごと口に含んだ。
舌で捏ねるように嬲る。
まだ勃ち上がっていないものは、唇に舌に心地良かった。
そして、甘い味と香りも。
「…ぁ…ぅ…んっ…」
『少し…硬くなってしまった…もう少し我慢できませんか…?』
舌は止めぬまま思念で問うと、ブルーの銀糸が横に揺れた。
苦しげに歪み始めた白皙が、堪らない色香を漂わせている。
「…ん…っ!……も…む…り……ぃっ!」
『もう少しだけ…あなたを丸ごと、味わいたい…』
「や…っ!そん…に動かさ…ないで…っ」
『お願いですから…あなたは甘くて…とても甘くて、美味しい…』
ハーレイの嘆願も空しく、すっかりそそり勃ってしまったブルーから口を離す。
天を向いて先端のスリットに玉を光らせるものに、更にチョコレートをかけた。
そうして、口の周りが汚れるのにも構わず、舌を這わせると横に咥える。
顔を上下させ、ブルーをコーティングした褐色の液体を啜り上げた。
「ひ…っ!」
ぴちゃぴちゃという水音と次第に大きくなる嬌声のハーモニーに、ベッドが軋む音が加わる。
ブルーが仰け反り、喘いだ。
「ぁああ…っ、はうぁ…!」
閉じようとする太股を押さえ、ハーレイは上がった二つの果実を掌で転がす。
ブルーはビクビクと震え、顔を激しく振った。
「やあ……っ…も…だ…め…ぇ…っ!」
『―――いいですよ…』
ハーレイはブルーを咽喉奥深くまで飲み込む。
激しく上下させ、チョコレートと唾液で滑る茎を指で扱いた。
「はうぁあああああ…っ!!」
ハーレイの頭を掴んで背を丸めると、一際高い声を放ちブルーは吐精した。
ベッドに背中から倒れ込む。
その力の抜けた身体に、頭のほうからハーレイは圧し掛かった。
いつもと違う忙しない様子に、ブルーは瞼を上げる。
赤く色を変えた瞳に、はち切れんばかりに膨らんだハーレイが映った。
美味しそう…。
チョコレートみたいで…。
ブルーは手を伸ばす。
指先で触れると、火傷しそうに熱い。
それを掌で包んだ。
びくっと震えたハーレイに言う。
「僕も…食べたい…」
君を。
大人向けのチョコレートを。
足の間から、ふふ、と笑い声が返ってきた。
ハーレイが太股にキスをしている。
じゃあ、ほんの少しだけ。
私はもう我慢が出来ないので、少しだけですよ。
キスの合間にそう囁く。
「チョコレートのペーストはご入用ですか?」
「いらないよ」
きっと君は甘い。
ちょっとビターな、僕だけのチョコレートだもの。
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20080215
二人のときはいつも甘い